『還願』翻訳について

ゲーム
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今回は、『返校』と同じディベロッパー・赤燭遊戲(Red Candle Games)が開発したホラーゲーム『還願』について、『返校』の時と同様に翻訳について書きたいと思います。また最後に「還願」というタイトルについての考察も行いたいと思います(むしろこちらをみなさんに伝えたいです)。

残念なことに、現在このゲームは販売中止となっています。

※ここからはゲームに関するネタバレを含みますのでご注意ください。

※あくまで私個人が感じた内容であり、訳者やゲームを否定するつもりは全くございません。

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感想

まずはゲーム自体の感想です。

『返校』と同じディベロッパーということでかなり期待していました。そしてその期待を遥かに超えてくれました。『返校』とは違う一人称視点によりさらに恐怖感が増し、先の見えない曲がり角にビクビクしながら進んでいったプレイヤーも多いのではないでしょうか。こんなのVRでプレイしたら死にます。

そして『返校』の時と同様、怖いながらも、進めていくにつれて明かされていく悲しいストーリーが「怖いけどもっとやりたい」という気持ちにさせてくれます。

私は実際にプレイしたわけではなく、翻訳の勉強のために繁体字版と日本語版両方の実況動画を見ました。台湾人の実況者がプレイし終わった後に「還願」というタイトルに関する考察をしていて、その意味を理解した途端、私は涙が止まらなくなってしまいました。今回はその考察も最後にご紹介します。

まずは、『返校』と同様に日本語訳について書きたいと思います。考察だけ知りたいという方は「目次」から「『還願』というタイトルについて」をクリックしてください。

素晴らしいと思った訳文

いちばん大好き

原文:我最喜歡爸爸、媽媽,我希望全家平平安安、健健康康。

訳文:私はパパとママがいちばん大好きです。私の家族のみんながずっとずっと平和で健康でありますように。

作中メイシンちゃんの作文がいくつか登場し、幼い女の子が書いたように訳さなくてはなりません。その点でいえば、このゲームは上手く表現できていると思います。この「いちばん大好き」もその1つで、私だったら普通に「パパとママが大好きです」とするでしょう。そこを敢えて「パパとママが“いちばん”大好きです」とすることによって、より幼い感じが出ていると思いませんか?

何がそんなに気に障るのよ?

原文:可是你是有什麼好生氣啊?

訳文:でも何がそんなに気に障るのよ?

日本語を見ただけではなんとも思わないかもしれません。この「生氣」は中国語学習者必須の単語で、中国語を学び始めた時に「怒る」という動詞で覚えたと思います。しかし、「怒る」を使うと「什麼」の「何」とうまく結びつけることができません。私だったらあるいは「でもなんでそんなに怒ってるの?」と訳すかもしれません。そこを「気に障る」という別の言葉で訳す語彙力、そしてそれによって「什麼」を「何が」と上手く訳されているのは見習わなければなりません。

伝染予防は 皆の責任 あなたを見守る 衛生署

原文:預防傳染,人人有責 衛生署,關心您

訳文:伝染予防は 皆の責任 あなたを見守る 衛生署

こうしたキャッチコピー的なものも翻訳者を悩ませます。特に原文は見ておわかりのとおり、なかなかリズムもいいです。ということは、翻訳もリズムよくしなければなりません。翻訳者の方はこの訳文をパッと思い浮かんだのでしょうか? 本当に素晴らしいと思います。特に「伝染予防は 皆の責任」の部分は、リズム的に原文と全く同じなのではないでしょうか? 後半部分も「衛生署」を後ろにすることでリズムを良くしているのでしょう。

一言ではとても

原文:一言難盡

訳文:一言ではとても

「一言難盡」を辞書で引くと、「一言

こうしたほうがいいと思った訳文

夭逝

原文:古時嬰兒夭折的機率高,安然度過周歲屬罕有,相對值得慶賀。

訳文:その昔、赤ん坊が高い確率で夭逝した時代、無事1歳を迎えられる子は珍しく、祝う価値のあることだった。

これは画像から判断して、おそらく新聞記事の内容かと思います。新聞は常用漢字を使うのが基本のようです。また「中学生でも読めるようにわかりやすく書いている」と何かで読んだ記憶があります。この「選び取り」の画像が新聞だとした場合、ここの「夭」は常用漢字ではなく、また「夭逝」という言葉を新聞で用いるには難しすぎる気がします。私の手元にある『朝日新聞の用語の手引(改訂新版)』(2019年、朝日新聞出版)には、「夭逝」という言葉はないものの、似た言葉で「夭折」は「早世、早死に、若死に」という言葉を使うよう促しています。いずれにしても、このシーンにおいて難しい言葉を使ってプレイヤーに負担をかける必要性は全く感じないため、私だったら「赤ん坊が高い確率で早死にしていた時代、……」とします。

ホー先生です

原文:我是何老師

訳文:ホー先生です

訳に誤りがあるわけではありません。ただものすごく違和感を感じてしまいました。例えば学校の先生、あるいはお医者さんでもいいです。周りから「先生」と呼ばれる人が電話をする際、「○○先生です」と名乗るでしょうか?

試合失格

原文:星二代好運不再,小童星杜美心數次比賽失利

訳文:二世タレント 運尽きたか 天才少女歌手 ドゥ・メイシン試合失格

原文にある「失利」は私の中日辞書・中中辞書、そしてネットでいくら検索しても「失格」という意味が出てきませんでした。どう調べても「敗北する」「負ける」しか出てきません。もしかしたら台湾では「失格」という意味で使われたりするのでしょうか? もしそうだとしたらここで取り上げるべきではないですが…… みなさんはどう思いますか? ストーリー的にもメイシンちゃんが「試合失格」になる意味がわからないんですよね…… お話の流れからすると88点しか取れなかったメイシンちゃんが「試合に負けた」とするのが妥当だと思うのですが…… 一方で色々と調べてみた結果、このシーンの前にメイシンちゃんがステージ上で「キャーッ」といって耳を塞ぐシーンがあります。このせいもあって「ステージ上で叫んだせいで試合失格になった」「緊張で歌えなくなって参加資格をはく奪された」などの考察がされているようです。ただどちらも日本人が書いたものなので原文を見たかどうかは疑問です。

原文を優先する翻訳者としてはここは「試合に負けた」という辞書的な意味を支持することにします。

静かで単純な場所

原文:去一個平靜點,單純點的地方

訳文:静かで単純な場所へ行こうと

これは間違いとはいえませんが、プレイヤーに勘違いをさせてしまうのではないでしょうか? ストーリーの流れ的に「静かで単純な場所」は「あの世」を連想してしまうと思うんですね。この発言により、奥さんのリホウが「一家心中」をしようとしていたとプレイヤーは勘違いしてしまいます。実際に私が見ていた実況者さんはそのように勘違いしていました。ここでいう「単純」というのはそういった意味ではなく、「何もない素朴な田舎」とかそういうことを表しているのだと思います。もしかしたら本当に「あの世」を暗示しているのかもしれませんが、おそらくそれはないです。台湾人の実況者がこのシーンでどういった反応をするのか確認しました。10人ほど見ましたが、誰1人として「え? あの世ってこと?」という反応がありませんでした。ここは「あの世」を連想させずに訳すのが難しいですが、「静かで平凡な土地へ行こうと」はどうでしょうか。もし他にいい訳があれば教えてください。

またついでにいっておくと、そのすぐ後のシーンで「懐かしいわ 家族の単純で楽しかった日々が」という発言があります。「家族の単純で楽しかった日々」に違和感を感じます。「単純に楽しい」のか「単純な日々」なのか「家族が単純」なのかよくわからないからでしょう。原文は「我好懷念,我們一家人簡單開心的日子」なので「簡單的日子」と「開心的日子」を合わせたものでしょうか。「単純な日々」でもわからなくはないですがここは「普通の日々」とでもしておきます。それを踏まえて違和感なく繋げると「懐かしいわ 家族みんなで楽しく過ごしていた普通の日々が」といった具合に訳してみました。

「還願」というタイトルについて

長々と翻訳について偉そうに書きましたが、今回お話をしたかったのはここからです。このゲームのタイトル「還願」についての考察をしましょう。(公式ではなく、あくまで個人の見解です)

色々とネットで検索してみると、「還願」の意味は「お礼参り」と出ます。私の辞書も確かにそう出ます。ただそれは、「還願」を1つの単語として「huányuàn」と発音した時です。中国語をちょっとでも勉強した人ならわかると思いますがこの「還願」という字はほかにも「háiyuàn」と発音することもできます。では「háiyuàn」と発音するとどういう意味になるのか…… ここからは、中国語がわからない人のために文法のお話をします。(台湾のゲームに関する考察なので繁体字を使用します)

「還(hái)」の意味

「還(hái)」は副詞で「まだ」「依然として」を意味します。

例:

在圖書館。→ 彼はまだ図書館にいる。

沒有男朋友。→ 彼女はまだ彼氏がいない。

「願(yuàn)」の意味

「願(yuàn)」を「願意(yuànyì)」だとして、助動詞として動詞とくっつけて使用すると「~したい」「進んで~する」「喜んで~する」を意味します。

例:

願意嫁給我嗎?→ あなたは進んで私に嫁いでくれますか?→ 結婚してください。

他不去,你去吧!→ 彼は進んで行こうとしないから、君が行きなよ!→ 彼は行きたくないみたいだから、君が行きなよ!

改めて「還願(háiyuàn)」について

少し難しい話をしましたが…… ここでこのゲームのエンディングで流れる「碼頭姑娘(港のお嬢さん)」の歌詞に注目してみましょう。最後に「若有來世 你還願(háiyuàn)意嗎?」とあります。さきほどの「還(hái)」と「願(yuàn)」を参考に直訳してみると「もし来世があるならば まだ喜んで○○してくれますか?」となります。動詞は明示されていないので想像するしかありません。

これがメイシンちゃんのパパに対する問いかけだとして、○○以下が「パパでいてくれますか?」や「好きでいてくれますか?」という言葉が入るとすると…… 自分の過ちで死んでしまった愛する娘から「来世でもパパでいてくれる?」「来世でも好きでいてくれる?」と聞かれたことになります。

そしてそれに対してタイトル「(我)還願」「また喜んでするよ」が答えだとしたら…… 今こうして文字で起こしている間にも涙が出そうになってしまいました。

このゲームのタイトルには、上で述べたような意味が込められているのではないかなと私は思いました。考察はたくさんされているようで、私が述べたものもその中の1つのに過ぎません。ただ中国語を多少理解する者として、中国語がわからない人のために少しでもゲームの楽しみ方の幅を広げることができれば幸いです。


参考文献

[1] 朝日新聞社用語幹事編(2019) 『朝日新聞の用語の手引』改訂新版 朝日新聞出版.

コメント

  1. アバター 9438 より:

    還願は未プレイですが、読んでみて面白かったです。
    原文に忠実に訳すかプレイヤーにより分かりやすいような訳にするか、プレイヤーと作品の間に立って橋渡しする苦悩と工夫が感じられたような気がします。
    中国語を勉強したことのない自分も、少し勉強してみたくなりました。

    • ぴよっぴ ぴよっぴ より:

      コメントありがとうございます。
      現在は発売中止されていますが、機会があればプレイしてみてください。
      そうですね。原文に忠実に訳しつつプレイヤーにわかりやすく伝えられることがベストですが…… なかなか難しいものです。
      中国語にかかわらず、外国語を勉強すればそれだけ世界が広がります。こうやって原文でゲームを楽しむことができるのも一つの醍醐味です。

  2. アバター 蠍屋 より:

    中国からのプレイヤーです、こんにちは。
    日本のゲーマーが中国の文化が興味を持つこと、大変嬉しく思います。

    ゲーム『還願』についてはいくつ迷信や宗教的の内容はありますが、タイトルも二つの意味があります。

    この文章の通りで、還願は問い、質問のことです。私もこのタイトルはメイシンちゃんが「来世、また私のお父さんになってくれませんか?」の質問と思いたい。

    そして、もう一つの意味は迷信関連です。
    日本の八百万神みたいに、中国も様々な神様が信奉されます。神様には色んな性格や好き嫌いもあります。人間から神になったものも結構あります。

    だから全ての神様が報酬求めず人を助けることはない、神様に願いを叶えようなら同等価値のお返しを用意するのは信者たちにとっては常識です。
    神様が願いを叶ってくれたあと、同等価値のものを捧げることが『還願』と言います、神様に感謝の意味も含めています。

    都会伝説的なものによる、もし捧げもの無しや、捧げたものの価値は不対等、もしくは神様は単に捧げものを気に食わなかったら、天罰を与えます。
    詳しく言えば信者から何がを奪う、健康、運、金、家族、友人、命まで奪うこともあります。
    本当に滅茶苦茶で、残酷の話です。

    • ぴよっぴ ぴよっぴ より:

      コメントありがとうございます。
      コメントいただいた「還願」は日本語で言う「お礼参り」の意味ですね。
      神様が時に命まで奪うことがあるなんて恐ろしい話ですね。大変勉強になりました。
      それを考えると、メイシンちゃんの命を神様が奪っていったとも考えられるかもしれませんね。

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