『Bladed Fury』后羿(こうげい)について

Bladed Fury
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今回は『Bladed Fury』に登場し、主人公・季姜を教え導く后羿について書きたいと思います。

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后羿

中国の故事など様々な物語を記載する「中国歴史故事網(http://www.gs5000.cn)」というサイトから「后羿射日 嫦娥奔月(http://www.gs5000.cn/gs/shenhua/929.html)」という記事を私なりに翻訳いたしましたのでご紹介いたします。原文は上記サイトからご覧ください。

后羿射日

伝説によるとその昔、天には10の太陽があり、その10の太陽は東方天帝の息子であった。10の太陽とその母親である天帝の妻は東海に共に住んでいた。彼女は世界で最も東にある東海へ10人の息子を放ち、よく水浴びをさせていた。水浴びを終えると、彼らを大樹に小鳥のように休ませた。それぞれの太陽のイメージは鳥であるため、大樹が彼らの家であった。九つの太陽は低い木の枝に住み、一つの太陽は枝先に住んでいた。夜が明けて朝日が必要となる時、枝先に止まる太陽が二輪車に乗って天を越え、人々を照らした。光と熱は世界の隅々まであまねく注がれた。10の太陽は毎日かわるがわる秩序を保って担当し、天地万物は調和が保たれていた。人々は大地の上でとても幸せに、そして仲良く暮らしていた。人と人とは隣人や友人のように共に生活し、日が出ると働き、日が落ちると休み、満ち足りた幸福な暮らしをしていた。人と動物も仲むつまじく暮らしていた。この時の人々は、太陽がもたらしてくれる時間と光明、そして喜びに感謝し、日頃天に向かってひざまずいて礼をしていた。
しかし、こうした日々は長く続き過ぎた。10の太陽たちは退屈に感じ、一緒に天を回ればきっと面白いと考えた。そこで、夜明けが訪れると、10の太陽たちは一緒に二輪車に乗り、天を越える旅へと踏み出した。こうなると、大地に住む人や万物は参ってしまう。10の太陽はまるで10の大きな火玉のように、一斉に熱を放出して大地を焼け焦がし、あまたの人や動物たちを焼き殺した。森に火がつき、すべての木々や農作物、さらには家までみんな灰燼(かいじん)に帰した。大火の中焼け死ななかった者たちは、暴れまわり逃げまどい、災いを逃れられる場所を求め、命を救う水や食料を狂ったように探し回った。
河は枯れ、海も干上がり、あらゆる魚たちも死んでいった。水中に住んでいた怪物たちは岸に上がり食べ物を盗んでいく。農作物や果樹園は枯れ、あるいは焼き尽くされ、人や家畜が食べる食料は断たれた。人々は、太陽の高温に生きながらにして焼き殺されるか、さもなくば獣(けだもの)の餌となった。人々は火の海の中苦しみにもだえ、天の恵みを乞い願った。
その時、天帝から太陽を追い払う命を受けた者がいた。その英雄の名は后羿。若く気概があり、弓の名手として知られ、その卓越した弓術は百発百中であった。彼は人々が火に苦しんでいるのを見ると、ひどく心を痛め、余計な九つの太陽を撃ち落とし、人々を苦しみから救い出してやろうとひそかに決意した。
そして后羿は、99の高山を越え、99の大河を突き進み、99の峡谷を抜け、東海までやってきた。大きな山に登ると、ふもとは果てしない大海。后羿は万斤力の弓を引き、千斤の鋭い矢をつがえ、焼けつくような太陽に狙いを定め、ビュンッと射ると同時に二つの太陽を射落とした。すると、天から七つの太陽が真っ赤な目で見つめている。后羿はそれでも焦げるほどの熱を感じ、容赦なく第三の矢を放った。この矢の威力はとても強く、一度に四つの太陽を射落とした。ほかの太陽たちはぶるぶると震えるほどに驚き、ぐるぐると回り始めた。后羿は太陽を一つ一つ射ぬき、その矢は外れることなく九つの太陽を射落とした。射られた九つの太陽たちは一つ一つ死んでいく。彼らの羽はハラハラと地上に落ち、その光と熱は少しずつ消えていった。最後の一つになった太陽は恐れおののき、后羿の言いつけ通り、大地と万物のために光と熱をおとなしくささげ続けた。
こうして、この太陽は東方の海から昇り、夜になると西の山へと落ちていき、世界を暖め、万物の生存を維持し、人々は平穏に暮らした。

まとめ

后羿はゲームなどでもよく弓使いキャラとして登場しますよね。それには上記のような伝説が今でも言い伝えられてるからです。

次回は后羿の妻・嫦娥(じょうが)について書きたいと思います。


参考URL

・ ”后羿射日 嫦娥奔月”, 中国歴史故事網,<http://www.gs5000.cn/gs/shenhua/929.html>, 2020年4月15日アクセス.

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