書き写しの効果について『実践・日本語の作文技術』

お勉強系
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前回は本多勝一著『<新版>日本語の作文技術』(2015年、朝日新聞出版)についてご紹介しました。そもそもなぜ読んだのかというと文章力を鍛えるためです。その後、さらに文章力を鍛えるにはどうしたらよいものかと色々ネットで検索していたところ、「良い文章を書き写せばよい」という記事をいくつか見つけました。

そこで『<新版>日本語の作文技術』の実戦編である『<新版>実戦・日本語の作文技術』を書き写し、いくらか効果が得られたと感じたので、その効果について書きたいと思います。この本を選んだ理由は『<新版>日本語の作文技術』が素晴らしかったので続きが読みたかったのと、「本多勝一のような文章が書けるようになりたい」と思ったからです。

結果として全てを書き写したわけではありませんが、全334ページのうち「前編」に当たる200ページまでを書き写しました。理由は、「後編」以降は作文技術よりも日本語に対する筆者の主張がメインだったので、作文技術を上達させる目的としては「前編」までで十分だと判断したからです。あと200ページまでで疲れてしまったからです。

それではその効果について書きたいと思います。実感したのは大きく分けて2つです。

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書き写しの効果

①内容を深く理解できる

ただ読んだだけと比べて、明らかに深く理解できます。例えば、この本の中では「裁判の判決文を分析する」という章があります。わかりにくい判決文を例に、なぜわかりにくいのかを解説しています。その判決文を引用します。

本件控訴の趣旨は、互に相関連する多岐にわたる理由をあげ、原判決に法令の解釈適用の誤りがあると縷縷論難しているものであるが、その骨子は、原判決が、本件そそのかし行為によりその漏示がしようようされた秘密は、その漏示に対し刑事罰をもつて臨むに値する実質秘に当たるものであること、被告人の本件所為が国家公務員法(以下国公法と略称)111条所定の同法109条12号の所為の「そそのかし」の構成要件に該当すること、及びその漏示のしようよう行為が、新聞の公共的使命を全うしようという目的をもつてする取材目的でなされたが、その手段方法について相当性に欠ける点があつたことを認めながら、本件しようよう行為によつて外交交渉の能率的効果的遂行が阻害される危険の程度が、右のしようよう行為によつてもたらされる国民的利益や将来の取材活動一般によつて支えられる国民的利益の程度をりようがしていないとの判断を加え、この利益の比較衡量及び目的の正当性の程度を考慮に入れれば、本件しようよう行為は、正当行為性を帯びるといい得る程度のものであるから、結論として、被告人西山の行為が、正当行為に該当しないという点の証明がないことになるとして、被告人に無罪の言い渡しをしたものであるところ、所論指摘の各点において、原判決は、法令の解釈適用を誤り、罪となるべき行為を無罪としているものであるから、原判決を破棄のうえ、適正な判決を求めるというに尽きるものである。

どうでしょうか? おそらく数行読んでここまで飛ばしたのではありませんか? 私も最初にこの本を読んだときは飛ばしました。しかし、書き写すとなるとそうはいきません。一言一句、何がどうなっているのかを考えながら書き写しました。そして、その考えが合っているかどうかを知りたいがためにまた次の文章を書き写すのです。こうして一文字一文字を噛みしめながら書き写すことで、単に読むだけとは比べ物にならないほど理解が進みます。

②いつの間にか著者の文章が身についている

最初の方は、自分のクセとは違う文章を書き写すことで「へえ。ここはこうやって表現するんだ」とか「自分だったらこう書くかな」と思うことがたくさんあります。また一文一文書き写すことで、「あれ? この表現はさっきもあったけど、さっきはテンをうっていたぞ? なんでここにはないんだ?」とか、「これは原則からしたらテンをうつべきなんじゃないか?」とか色々と考えます。しかし段々と慣れてきて、その人の文を書くことに抵抗がなくなってきます。むしろ本文中で他人の文章が引用されると「はやく地の文に戻ってくれ。引用部分を書き写すのは気持ち悪い」と思うようになります。これはこの文章に慣れた証拠だと思います。こうなってしまえば、書き写さなくても著者と似たような文章が書けるようになっているのではないでしょうか。

まとめ

今回は書き写しの効果について書きました。時間はかかったものの、私としては非常に大きな収穫があったと思います。特に②に関しては、本多勝一のような「わかりやすい文章」に少しでも近づけたのなら大満足です(まだまだですが……)。

ちなみに1ページ(600文字程度)書き写すのに30分弱かかりました。200ページ書き写したので大体100時間でしょうか(ヒマなのがバレてしまいましたね……)。タイトル画像にあるようにキャンパスノートを3冊目の1/3まで使いました。ここまでやる必要があるかはわかりませんが、気になる方がいれば時間が許す限りでやってみてもいいかもしれません。

おまけ

この本を読んでいて非常に心に刺さった文章があったのでご紹介します。

私は少なくとも日本語を書くことを職業とする者の一人である。日本語の現場にいる。なんとかして正確でわかりやすい、したがって論理的な日本語を書こうとは思っている。

この気持ちを持って私も常に仕事に臨みたいと思います。

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